世界はマトリョーシュカ [ネットワークの未来]
ひできさんの記事を読んでいてフト思った事をこの際記事にしておきます。
というかメールを書くつもりがつい長くなってしまい、あちらにコメントかな?なんて思っていたらさらに長くなったので…。
「認識」というか「リンク」という状態について、実は私もイロイロ考えているんですが、リンクや認識が出来る様になるには、一つ小さな位相の夥しい集団の相互関係が必要なんじゃないかと考えています。というかそうなってますよね。
例えば夥しい数の神経細胞が集まり、周囲の仲間を認識し、リンクすることで「脳」になり「意識」が生まれますし、「人」のつながりが「社会」を作っている。
またミクロに目を転じると、バラバシの「新ネットワーク思考」にもあったように、細胞を維持するためのアミノ酸のネットワークや、DNAの表現型のネットワーク等もありますが、これらは全て位相の異なりと認識とリンクが共通ワードになっています。
つまり世界というのは、その異なる位相のネットワークのマトリョーシュカ状態がひたすら続いているんじゃないかという事を考えちゃう訳ですよ。
特にPOWER OF TEN なんか見てしまうと特にそんなことを考えてしまいます。
実はこんな事を結構昔から考えていたんですが、例のイッちゃったアノ日以来、核心のようなものを抱きつづけているんですね。
ひできさんの記事と「認識におけるマッハの原理」を読んでなんとなくそんな事をあらためて考えました。
あんまりこういう事書くと、ガイア理論支持者のトンデモさんになってしまって、マジメに学問をしてる人からエンガチョされちゃうので(笑)冗談半分でのネタという事にしておきますが、現在の急速に進歩するネット社会というのは、人間の一つ上の位相が生まれつつある受精卵の細胞分裂やホルモン分泌の様な時なのかも知れません。安っぽいいつもの言葉で言えば「グローバルブレインの目覚め」みたいな(笑)
実はこんな考えに加えて、さらに時間の流れの正体というか尻尾みたいなものも、なんとなく考えている事があるのですが、まだ上手く言語化できないんですよね。
そんな訳でインスパイアされる知識との出会いを期待する日々な訳です。
こんにちわ。ご指摘のように関係性において意味が成り立つのでしょうね。「マッハの原理」にてトラックバックさせていただきました。
by CAN(http://blog.livedoor.jp/chemconsulting) (2005-08-10 00:05)